遠音

三塚幸彦より | 箏・尺八の出来事


尺八を好きになった頃「何で尺八なんて好きになっちゃったんだろう」と結構後悔していました。
今からもう30年以上も前です。

その頃はどことなく「尺八はおじいさんの楽器」「変な楽器」みたいな雰囲気があって、あう人あう人に「珍しいですね、若いのに」といやになるほど言われていました。

そのうち自分も「若いのに」と言われる年齢でも無くなり、若い人は尺八そのものを知らなくなり、そのうち、非常に珍しい楽器、かっこいい楽器という風に様変わりしてきたように感じます。

そういえば、遠TONE音結成間もない頃、ある音楽感想団体さんの主催公演に出させてもらえることになり、喜んでいました。
公演日間近になりチケットが売れているのかどうか気になり、電話しました。
そうすると「全然うれません」というショッキングな言葉。

「普通どんな難しい現代音楽でも半分は売れるんですけど、全然です」
「どうしてなんでしょう」と聞くと「琴、尺八というのがだめみたいなんです。それを言うと、だったら聞きたくない、と言われちゃうんですよ」と言うことだったんです。
「出来れば遠TONE音のロゴの上にある箏 尺八という文字はとった方がいい」とも言われました。
「それがないとなんだかわからなくなるじゃないですか」
「わからない方がまだましです」

愕然としました。
僕たちはその当時「箏、尺八、ギター」などという編成のグループはないから「これは結構インパクトあるよね」などと期待していました。
ところが・・・・・・

それから慌てて出来たばかりの1stアルバムをカセットテープにたくさんダビングして、会員の皆さんに聞いてもらうことにしました。

当日会場に行ってみるとほぼ満員でした。

このことがあってから遠TONE音のロゴから「箏 尺八 ギターによる」という文字が消えました。

そんなこともあったけど、今は、私の周りにはたくさんの若い尺八吹きが集まってきます。

良かった!やめなくて。まあ、遠TONE音をやめる理由がなかったのですけれどね。